前項の続きです・・ランドマークエデュケーションに勧誘されているんだけど、それってあやしいもの?洗脳?
私は専門家ではありませんが、私の調べる限り簡単に言うと、洗脳には生存にかかるような脅しが必要でしょうし、マインドコントロールには長期にわたる思考の制限が必要です。
そのどちらも私や私の友人達が参加をしたどのプログラムにもありはしなかったです。
洗脳とは逆に、私がコースで得たものは考える自由さやいろいろな視点を試すことができる自由さです。
その例のひとつとして、私はランドマークエデュケーションの教育から大多数の意見や権威のある人の意見を吟味することなく鵜呑みにし、疑いもしない自分がいることに気づきました。
「みんなが言っているからそうなんだろう」とか「あの人が言うならきっとそうなんだろう」とか。
誰が書いているかも知らないインターネットの情報ですらただ鵜呑みにする時があります。
自分の頭で考えることをさぼっていることに気がつきました。
また、物事に対する見方や考え方は国や文化や環境によって様々に変化します。
自分の意見や自分の見方だけが絶対に正しいのだ!と主張することはその視点に制限され、他者との戦いを生むきっかけにもなります。
「私の意見は絶対的な真実ではない」
私がランドマークエデュケーションの教育から学んだことは私を謙虚にしてくれました。
そして同時に自由な選択を可能にしてくれました。
コースに関してもそれがいいものだとういう意見も、コースはわるいものだという意見もそれぞれその人なりの視点がりあます。
どちらの意見を採用するかは自由です。
コースで学ぶことは自分で考えて、自分で人生を選ぶことの大切さです。決して一つの考えを人に押し付けようというものではありません。
コースのほとんどの参加者は以前に参加した人から招待されて来る人たちです。
コースに参加した方に招待される時「何故私にコースをやって欲しいのだろう」という疑問が出てくる方もいるでしょう。
そしてそれが理解できなくて、結局あやしいと思ってしまう人もいるかもしれません。
実際にコースの中で、周りの人たちが参加する価値についての話があります。
しかし、それをしなければいけないとは言われませんし、もちろん強制もされません。
コースから得る成果は、誰かをコースに招待するかどうかとは何の関係もありませんし、成果を得るために、誰かを招待する必要性はまったくないのです。
ですから招待している人は、強制されているわけでも、そうすることがいいことのように思わされているわけでもありません。
「本当にすごいコースだからやって欲しい」純粋にそれだけなのです。
でも人によっては一円にもならないのに、「なんでそんなに一生懸命招待するのか」「ランドマークエデュケーションに騙されているのでは」と思ったりもします。
しかし、誰でも口コミ宣伝を自然としているものです。
私も美味しいレストランがあったら人に紹介するし、見た映画や本を人に進めることもあります、すごく高価な物でもそれが本当によければ、強く進めたりもします。
ただ違いは映画であればその人それぞれの趣味もあるだろうし、断られたらあっさりひきさがります。
けれどコースは「ちょっとこれいいよ」というレベルでもないところが困ったところです。
特に大事な人には「できれば参加して欲しいな」と思うのです。
しかしランドマークエデュケーションのために人に進めるわけでもありません。
それ相応の価値が自分に得られると確信がなければ決してそんなことしません。
私も、もしランドマークエデュケーションのプログラムより効果的な研修があるのであればすぐそっちに切り替えるよう友人に言うでしょうし、値段に見合った価値を得られないなら二度と参加もしません。
享受する側にとって本当に価値があって、自分の人生や家族、仕事に役立っていると判断できるなら、その企業が利益を生むことは何の問題にもならないと思います。
ですから、もしランドマークエデュケーションの提供しているプログラム本来の価値が世の中にきちんと理解されていれば、人がこのコースを紹介しようとすることも何の問題にもならないと思います。
そこで難しいのは、コースは物のように形を提示することができないところです。
コースの成果は今までの枠を超えた新しいことであるが故にその価値を参加していない人に正確に伝えることはとても難しいです。
ですから今の社会において誤解をうけやすい面もあるでしょう。
いずれにしろ新しいことを表現すること、新しい自分を表現しようとすることはすごく勇気のいることです。特に伝わりづらいことを表現するには勇気が必要です。
招待するかどうかは別として、コースは周りの人にも是非やって欲しいと思うくらい人生にとって価値があるのは確かです。
私が思うに、否定的な記事を書いている人も、真剣に人の役に立とうとしてるでしょうし、紹介する人も、真剣にその人の人生に貢献するつもりで紹介しています。そのちぐはぐさがまさに私がこのブログを通して一番解消したい課題です。
どっちの意見が正しいとか、どっちが間違っている、という議論をすることに価値を見出すのは難しいです。人と共に生きていく中で、できればお互いに相手の立場になり、大切なことは何か、本当に価値があることは何か、一緒に見つけ合えるような会話ができたらいいなと思います。
私は専門家ではありませんが、私の調べる限り簡単に言うと、洗脳には生存にかかるような脅しが必要でしょうし、マインドコントロールには長期にわたる思考の制限が必要です。
そのどちらも私や私の友人達が参加をしたどのプログラムにもありはしなかったです。
洗脳とは逆に、私がコースで得たものは考える自由さやいろいろな視点を試すことができる自由さです。
その例のひとつとして、私はランドマークエデュケーションの教育から大多数の意見や権威のある人の意見を吟味することなく鵜呑みにし、疑いもしない自分がいることに気づきました。
「みんなが言っているからそうなんだろう」とか「あの人が言うならきっとそうなんだろう」とか。
誰が書いているかも知らないインターネットの情報ですらただ鵜呑みにする時があります。
自分の頭で考えることをさぼっていることに気がつきました。
また、物事に対する見方や考え方は国や文化や環境によって様々に変化します。
自分の意見や自分の見方だけが絶対に正しいのだ!と主張することはその視点に制限され、他者との戦いを生むきっかけにもなります。
「私の意見は絶対的な真実ではない」
私がランドマークエデュケーションの教育から学んだことは私を謙虚にしてくれました。
そして同時に自由な選択を可能にしてくれました。
コースに関してもそれがいいものだとういう意見も、コースはわるいものだという意見もそれぞれその人なりの視点がりあます。
どちらの意見を採用するかは自由です。
コースで学ぶことは自分で考えて、自分で人生を選ぶことの大切さです。決して一つの考えを人に押し付けようというものではありません。
コースのほとんどの参加者は以前に参加した人から招待されて来る人たちです。
コースに参加した方に招待される時「何故私にコースをやって欲しいのだろう」という疑問が出てくる方もいるでしょう。
そしてそれが理解できなくて、結局あやしいと思ってしまう人もいるかもしれません。
実際にコースの中で、周りの人たちが参加する価値についての話があります。
しかし、それをしなければいけないとは言われませんし、もちろん強制もされません。
コースから得る成果は、誰かをコースに招待するかどうかとは何の関係もありませんし、成果を得るために、誰かを招待する必要性はまったくないのです。
ですから招待している人は、強制されているわけでも、そうすることがいいことのように思わされているわけでもありません。
「本当にすごいコースだからやって欲しい」純粋にそれだけなのです。
でも人によっては一円にもならないのに、「なんでそんなに一生懸命招待するのか」「ランドマークエデュケーションに騙されているのでは」と思ったりもします。
しかし、誰でも口コミ宣伝を自然としているものです。
私も美味しいレストランがあったら人に紹介するし、見た映画や本を人に進めることもあります、すごく高価な物でもそれが本当によければ、強く進めたりもします。
ただ違いは映画であればその人それぞれの趣味もあるだろうし、断られたらあっさりひきさがります。
けれどコースは「ちょっとこれいいよ」というレベルでもないところが困ったところです。
特に大事な人には「できれば参加して欲しいな」と思うのです。
しかしランドマークエデュケーションのために人に進めるわけでもありません。
それ相応の価値が自分に得られると確信がなければ決してそんなことしません。
私も、もしランドマークエデュケーションのプログラムより効果的な研修があるのであればすぐそっちに切り替えるよう友人に言うでしょうし、値段に見合った価値を得られないなら二度と参加もしません。
享受する側にとって本当に価値があって、自分の人生や家族、仕事に役立っていると判断できるなら、その企業が利益を生むことは何の問題にもならないと思います。
ですから、もしランドマークエデュケーションの提供しているプログラム本来の価値が世の中にきちんと理解されていれば、人がこのコースを紹介しようとすることも何の問題にもならないと思います。
そこで難しいのは、コースは物のように形を提示することができないところです。
コースの成果は今までの枠を超えた新しいことであるが故にその価値を参加していない人に正確に伝えることはとても難しいです。
ですから今の社会において誤解をうけやすい面もあるでしょう。
いずれにしろ新しいことを表現すること、新しい自分を表現しようとすることはすごく勇気のいることです。特に伝わりづらいことを表現するには勇気が必要です。
招待するかどうかは別として、コースは周りの人にも是非やって欲しいと思うくらい人生にとって価値があるのは確かです。
私が思うに、否定的な記事を書いている人も、真剣に人の役に立とうとしてるでしょうし、紹介する人も、真剣にその人の人生に貢献するつもりで紹介しています。そのちぐはぐさがまさに私がこのブログを通して一番解消したい課題です。
どっちの意見が正しいとか、どっちが間違っている、という議論をすることに価値を見出すのは難しいです。人と共に生きていく中で、できればお互いに相手の立場になり、大切なことは何か、本当に価値があることは何か、一緒に見つけ合えるような会話ができたらいいなと思います。
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